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点字ブロックものがたり

【第4回】 「これでもう安心」

点字ブロック第1号が敷設

1967(昭和42)年3月、原尾島交差点にいよいよ点字ブロック第1号が敷設されました。これは日本初、いや“世界初”の画期的な出来事であり、国内外の福祉関係者から大きく注目されました。三宅精一、三郎兄弟にとっては、夢の実現への第一歩です。

三宅兄弟が退路を断って始めた「安全交通試験研究センター」の設立から2年。市民への啓発活動と岡山県、旧建設省との幾度とない交渉の末に、点字ブロックが世に出る日が決まりました。
1967(昭和42)年3月、県立岡山盲学校近くの国道二号線の横断歩道口に、230枚の点字ブロックを贈呈、敷設したのです。日本初、いや世界初の記念すべきことでした。


このときの感激を、三郎は安全交通試験研究センターのホームページに次のように書き残しています。
その工事に先立ち、私たちは点字ブロックの一枚一枚に洗剤をつけてタワシで水洗いして荷を整えた。冷たい水の感触に気持をひきしめ、身ぶるいするほどの興奮を覚えた。当時はフォークリフト等の機械設備もなく、一枚一枚を車上に積み込む。軍手の指先はすぐ穴があき、腰の痛さもまたたいへんであったことなどがまだ体の芯に残っている。
一方、精一はまずなりよりも、英行の意見を聴こうと、事前に電話をしていました。
「いよいよ点字ブロック第一号が敷設されるので、岡山に来てくれませんか。英行さんにはぜひ体験してもらいたい」
この呼びかけに応えて来岡した英行は、完工渡り初め式の前に、点字ブロックを触ったり、踏んだりして、「これならいける!」という直感を得ました。
しかし、この230枚のブロックがやがて世界中を駆けめぐり、“延べ3000キロ”という途方もない距離にまで発展していくとは、だれもが夢想だにしませんでした。
完工渡り初め式には、盲学校の生徒たちと先生も立ち会い、それぞれに感触を確かめ合いました。
「これでもう安心 岡山に盲人用横断標識 “足で知る点字ブロック”」
翌日の新聞にはこのような見出しが躍り、現地のにぎわいが伝えられました。
「これでもう安心」(当時の新聞記事から)
「これでもう安心」(当時の新聞記事から)

2016/10/24