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点字ブロックものがたり

【第3回】 点字ブロック開発秘話──退路を断っての挑戦

精一が考案した点字ブロックとは

セント・バーナードを通して運命的に出会ったふたり(三宅精一×岩橋英行)。 つまり“犬がとりもつ仲”が、点字ブロックという愛のあかしを生んだ、といういきさつを前回お話ししました。今回は、いよいよ点字ブロックの誕生秘話を明かしましょう。
点字ブロックの構想は、一瞬の出来事に端を発しています。
ある交差点で、白い杖を持った目の不自由な人が道路を横断しようとする姿に精一が目を留めたとき、その横をクルマが勢いよく走り去ったというハプニングです。それ以来、精一の頭の中を「視覚障害者の安全歩行」という課題が占めるようになったのです。
人気のない横断歩道に立ったときに、前をよぎるクルマを目の不自由な人はどのように認識し、どのように危険を回避するのだろうか…。
この疑問を解くヒントになったのが、英行の興味深い一言でした。
「苔と土の境が靴を通してわかる」
精一はひらめきました。それなら、突起物を配列することで、「苔と土」ならぬ「危険地帯と安全地帯」を区別するサインを送ることができるのではないだろうか! 
幸いにも、建設関係の経験をもつ末弟の三郎が、表面に突起物を配列したコンクリートブロックの設計に大きな力を発揮しました。こうして兄弟で多種多様の試作を繰り返した末に考案したコンクリートのかたまりは、「点字ブロック」と名づけられました。
「点字新聞」「点字教科書」「点字○○」と、“点字”という字句を冠した呼称は、すべて視覚障害者を対象としたもので、広く知られていたことから、この名称を通して、視覚障害者のための発明品であることを社会にアピールすることができるわけです。
また、当時の歩道はコンクリートアスファルトで固められるタイプではなく、平坦なブロックが埋め込まれていました。そこで精一は、三郎のアドバイスを受けて「もともとあるブロックを抜いて、そこに点字ブロックをはめこんではどうか」と提案しました。点字ブロックを直接、平面に敷きつめ、危険表示をする。そして、抜き取ったブロックはほかの用途にリユースするという合理的、経済的な方法です。

英行の影響を強く受けていた精一は、盲人の「人間としての自立」、そのための「単独安全歩行」システムを全国に展開しようという夢をふくらませるようになりました。兄と一心同体で点字ブロック開発に取り組んできた三郎が追う夢も、また同じでした。
1965(昭和40)年、兄弟が手を携え、三宅家を開放するかたちで、「安全交通試験研究センター」が発足します。びっくりするほどの多額の私財を投じ、退路を断ってのスタートです。世界で初めて公道に点字ブロックが敷設される2年ほど前のことでした。

2016/10/13